広告表現は 商売のための表現です。 自己表現ではありません。
左脳と右脳を使い分けて企業を説得するんです。別の言い方をすれば、ビジネスマンとクリエイターの2つの言語を使い分けている。 たとえば、10年後の世の中を予測して、やがて訪れる大きな流れを語るには、ビジネスマンとしての言語を使ったマーケティング能力が必要です。 その大きな流れをとらえるために今何をつくるべきかを考えるには、クリエイターの能力が重要になる。
率直に言うと、職人的にこだわって生まれてもので世の中を大きく変えれるとは思わないんです。つまり僕は、世の中を変えることができるものづくりに強く興味があるんですね。 具体的に何かをつくることはそれが得意な人に任せちゃえばいいわけで、僕はどんなものが、世の中を変えられるかを考え、それが生まれる道筋を整えることに才能を発揮するデザイナーなんです。
デザイナーって浮世離れしているイメージがありますけど、いわゆるアーティストじゃないんですよね。クリエイティブなリアリストだと思います。空飛ぶ絨毯を思い描きながら、発想の段取りはものすごく現実的なところからはじめてゆく。ものづくりをしているなら、最終的には予算はリアルな思考性を示してくれます。
デザイナーのパワーは、夢をどうビジュアライズするか、それにすべてがかかっているし、そういう仕事だと思います。 これまでにあった当たり前をいくつ重ねても、夢にはならない。それはあまり楽しいものではないでしょう。
デザインというのは人々のハッピーを生むものです。生き方のシンボルですよね。 姿・形だけじゃないということを、我々は改めて心に刻まなくてはいけません。特に若いクリエーターには、人と人とのコミュニケーションを中心にしたより良い暮らしぶりの経験を積んでほしいと思います。
人間が暮らすことや生きることの意味を、 ものづくりのプロセスを通して 解釈していこうという意欲がデザイン
何かやりたいと思ったら 即行動せなあかん。 瞬間で動かんと、 時間が気持ちを風化させてしまう。
物的な人工物を作りだす知的活動は、基本的には、病人のために薬剤を処方する活動や、会社のために新規の販売計画を立案し、あるいは国家のために社会の福祉政策を立案する活動と、なんら異なるところはない。
あるルールをもとにデザインしてくと、ルールがわかってしまった途端、見る人はつまらなくなる。少しだけルールを外したものを混ぜたほうが、見る人は想像力が湧いて面白いと思ってくれる。